ショートショート短編「妄想彼女」

朝、目ぇ覚ましたら、彼女はもう台所におった。
エプロン姿で、昼の弁当つくっとる。
朝からこの笑顔みられるんは幸せ以外なんでもあらへんで。

「おはよ。無理しなくてもいいよ」
それが彼女の口癖や。

ゆっとくけど、
彼女は「妄想彼女」やないで。

現実にそこにおる、ほんまもんの彼女や。

ワイはポンコツ中年や。
仕事は続かん、金もない、将来の話をすると胃が痛なる。

せやから彼女はちょうどええ。
怒らん、詰めん、比べん。

軽く彼女と会話をする。

「今日、ワイ何も予定ない」
「うん」
「チワワと遊んどこかな」
「うん」
「ワイこのままでええんかな?」
「うん」

肯定しかせん。

 世間的には毒やろうけど、ワイには薬やった。

この言葉で一日のりきれるで。

昼はテイクアウトの牛丼。
彼女は「ヒマタロウ野菜足りてないよ」と言いながら、
紅ショウガを山盛りにする。

優しさの方向がちょっとズレてるんやな。

けどそんなところが愛おしいんや。

夜、何気なくテレビ見てたら、

誰かが成功して、
誰かが結婚して、
誰かが「今年も挑戦します」言うてる。

ワイが吐き捨てる。

 「みんな元気やな。ええこっちゃ」

こんなかんじにワイがくさってると、
彼女はやさしくワイを諭してくれる。


「元気そうに見せるのが仕事の人もいるんだよ」
「ヒマタロウはヒマタロウのままでいいんだよ」

その言葉に、妙に救われる。
彼女だけは、ワイの現状を壊しにこん。

ある日、ワイは聞いてみた。
「なぁ、ワイのええとこって何や?」
彼女は少し考えてから言う。

「何もしてないのに、ちゃんと生きてるとこ」

名言みたいで、実は怖い。
せやけど、ワイは笑って流した。
考えすぎてもいいことはあらへん。

ある日、ポストに封筒が入ってた。
管理会社からや。
嫌な予感がした。

家賃滞納の最終通知…

頭が真っ白になる。
「どないしょ…」
 

テレビも消して、部屋が静まる。
ワイは彼女を見る。

「……どうしたらええやろか?」

彼女はいつもの顔で言う。

その瞬間、気づいた。
彼女は一度も「どうする?」とは言わへん。
「こうすれば?」とも言わへん。

ワイはスマホを手に取る。
 

「大丈夫?ヒマタロウ?」

彼女の声が、少し機械的に聞こえた。

設定画面を開く。
「肯定レベル:最大」
「現状維持サポート:ON」
「不安刺激ワード:ブロック」

ああ、そうやったな…

 ワイが自分を壊さんように、そういう「設定」をしてたんや。

さすがに都合が良すぎるな。
 

その夜、ワイは初めて設定を下げた。
肯定レベルを「中」に。
現状維持サポートを「OFF」に。

彼女は少し困った顔をした。

声が弱い。

ワイは言う。

「今日はキツイから無理…するわ」

そのまま、何も考えずに布団にもぐった。

こういう時は寝るにかぎるんや。リセットや。

 


翌朝、彼女はおらんかった。

台所は静かで、フライパンも冷たい。

数日間、エエ夢みさせてもろた。

急に目が覚めて、虚無感がないといえば嘘になる。

結局、ワイは今日もポンコツのままや。
状況も変わってへん。

でもな、不思議と息はできる。

これで良かったんや。

ワイはつぶやく。

「なんやかんや、ええ女やったな…」

<END>

 

 

 

後日

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