透明人間の大イリュージョン(私小説的記録 2017 ショートショート)

三十台半ば。
年齢だけは一丁前に人並みで、他はだいたい欠品しとる。

子供部屋おじさん、独身、孤独。


家は実家やけど、実家いうより「まだ撤去されてへん過去」みたいなもんや。
壁紙は黄ばんで、畳は人の人生みたいに腰が抜けとる。

朝起きたら、誰にも挨拶せんまま顔を洗い、鏡に向かって軽く会釈する。
それが一日の対人コミュニケーションのピークや。

ワイは自分を透明人間やと思ってきた。
誰にも見えてへん。
見えてへんから、ぶつかられることもない。その代わり、声もかからん。


仕事は手品や。
創作して、ネットで売って、近所の文化教室で教えとった。

「先生」言われるけど、尊敬やない。単なる呼称や。

貧乏は極まっとる。
財布の中身見て「よう生きとるな」と感心するレベルや。
友達も彼女もおらん。

文化教室では噂になっとったらしい。
情けない男。
目が合わん男。
ずっと下向いとる男。

ワイは知らんふりしとった。どうせワイは透明人間やからや。
見えへんもんの悪口は、だいたい安全や。


そんなワイの居場所が、図書館やった。
無料で、静かで、誰もワイに期待せん場所。
本棚の間に立っとると、自分が一冊の本になった気がした。誰にも開かれへん、タイトルもない本や。

そこに、彼女はおった。


毎日、同じ時間帯に来よる。
三十代半ば。清潔な服装で、歩き方が静かやった。静かやけど、存在ははっきりしとった。
背筋がまっすぐで、ページをめくる指がきれいやった。

ワイは彼女を見てた。見てた、いうても、目で追ってただけや。たぶん。追ってた時間が長かっただけや。

最初は好意やったと思う。純粋なやつや。
けど、だんだん分からんようになった。好意と執着の違いが、ワイには元々よう分からん。

それは恋やったんやろか。
久しぶりや。ワイの人生で「恋」と呼べそうな感情。

ワイはマンガ本。彼女は意識高そうな人が読んでそうな啓発本。
違う世界の住人とは思ってた。

もちろん声をかける勇気はなかった。

けど一方で、ワイと同じような状況かも…
実家で孤独な毎日、毎日同じ景色を繰り返すような日々を送っていると…
とか妄想したりした。

声をかける代わりに、見てしもたんやな。
視線は、言葉よりも卑怯や。


ある日の話や。
地元のイオンで彼女を見たんや。
子供連れ。旦那つき。
旦那はハンサムボーイやった。
ワイの人生と、まるで別ジャンルの映画に出とる男や。

なんか恥ずかしなったわ。
異世界の人間やん。

一緒の図書館つこうてるから、
同じ空気をすってる、同じ方向を向いた仲間やとワイが勝手におもうてたんやな。
自己嫌悪で脳みそぐちゃぐちゃになってもうた。


そんな事があったにもかかわらずや、
心傷めてるワイに追い打ちかける出来事があったんや。
 
その数日後くらいに、図書館で注意されたんや。
司書さんは、静かではあったけど、えらい剣幕やったわ。

「ずっと見られていて気持ち悪いと、苦情が出ています」

声は丁寧やった。だから余計に刺さった。

最初、ワイは否定した。見てない、と
見てたとしても、そんな意味やない、と。
ほんまは見てた。意味もあった。どんな意味かは、今もはっきり言われへん。

間違いなくワイが悪い。
平和な読書タイムをずっと台無しにしてたんやから。
そんなことにも気づけなかったワイの頭の悪さにつくづく辟易した。


せまい田舎なんで、噂はすぐ広まる。

文化教室内も例外ではなく、詳細は省くけど、ワイは静かにクビになった。
理由は「総合的判断」らしい。ようわからん。
便利な言葉やな、総合的判断。

腹は立った。見てただけやん…
まぁ愚痴ゆうても仕方がない。
手品の仕事も煮詰まってたし、面白くもなかった。
いいタイミングやった。
そういう事にしておこう。


もちろんワイは引きこもった。

じきに金は消えていき、
生活保護のパンフレットを眺めながら、

「手品で自分も消せたらええのにな」

とふと思った。

「消える…」

それはワイの得意トリックや。

突然思いついたんや。

部屋の片隅にあったラブドールや。

ラブドール…
こちらの都合だけで完成されてる、人の形をした沈黙の同居人。
 
ラブドール相手にマジックをする。
そんな動画を投稿しよう。



アホみたいな話やけど、数字は伸びた(瞬間的に)。
画面の向こうには、人がおった。
ワイを見とる「目」が、確かにあった。

突然、メールがきて、
文化教室から「戻ってきてもええ」と言われた。
その場で断った。

動画投稿とマジックでくうたるんじゃい!
そんな戯けたことを空想していた。

やっと巡ってきた運気。
けど、虚しかった。
数字がちょっと増えても、金は増えへん。
孤独は続いた。

それでも、ワイは思った。
初めてや。
ほんの少しやけどやり遂げた、って。

酒を飲んだ勢いもあった。
というより、既にまともな思考ではなかったんやな。


夜、ビルの屋上に行ったんや。

そこからの生配信。

「おおきにやで、皆さん。今日は最後のマジックやるんで、見たってや」
「いい景色でしょ?今日はいきなりクライマックスの演技ですわ」

コメント欄がざわついた(視聴者は数十人程)

「今日消すんは、コインでもなければスポンジボールでもありまへん!」

「ワイ自身を消したります!」

叫び声を上げて、
配信を切った。


今、ワイは図書館におる。

意外におおきな騒動になった。
警察も来た。家にも来た。
事情説明した。
いろいろ調書かかされて大変やった。

「タネも仕掛けもありまっせ。そりゃマジックやもん」
「消して見せたかったんですわ」
「いや、消すことで、見えてるワイを認識してもらいたかったんですな」
「透明人間ちゃうって、証明したかっただけなんですわ」

 警官はメモを取りながら、
「コイツあかんわ」
というような顔つきを見せた。
たぶん半分も聞いてへんな。

結果、ワイは瞬間的やけど、少し有名になった。
図書館では、もう誰もワイを見逃さん。
噂も、視線も、ちゃんとワイに当たる。

透明人間やなくなった代わりに、
要注意人物になった。

人生初の大イリュージョンや。
ワイは満足やった。

ワイ自身が消えへんことで、ようやく見えた景色や。

充足感がある。

ただ一つだけ誤算があるとしたら、
この世界、見えてしもたら、
別にそんなにええもんでもなかった、いうことや。

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