ポンコツ漫画:ドリアマン⑧ コーンスープマン現る 

150円注文は“ありか

漫画やと「150円注文はありか?限界議論」について詰め切れてないから文章記事で補足するわ。

ヒマタロウ
ヒマタロウ

150円注文について、単なるマナー論やなくて、
人がどこまで人間でいられるかの話やとも思うねん。

まず前提として、サイゼリヤは「安く・平等に・気軽に」食える場として成立してる。
150円メニューが存在する時点で、「注文してはいけない」理由はない。

ここからが本題。

なぜ「150円注文」に人はザワつくんか

① ルール上はOK、感情的にはギリ

  • メニューにある → OK
  • 店も拒否しない → OK

でも

  • 「席を占有する」
  • 「水+150円で長居する」
  • 「何も頼まないのは気まずいから、とりあえず」

このあたりが絡むと、“合法だけど後ろめたい”ゾーンに入る。


② サイゼは「逃げ場」でもある

サイゼって、

  • 金がない日
  • 気力がない日
  • 家にも居場所がない日

そんなときの避難所でもあるやん?

150円注文は、

「今日はこれ以上、世界に払えません」

っていう無言の申告でもある思うねん。


限界議論:どこからが「アウト感」か

線を引くなら、ここやと思う。

✔ 150円+短時間 → まぁ問題なし
✔ 150円+ワイン1杯 → むしろ美学
△ 150円+2時間粘る → かなりグレー

△ 150円+週4以上来店 → グレーかな…
✖ 150円+水(炭酸水)+長居(+居眠り)+充電 → 限界突破・ブラック

つまり問題は金額じゃなく、滞在時間と態度やな。


150円注文は「人間の最小単位」ちゃうか?

150円って(100円でもええねんけど)、

  • 満腹にもならん
  • 贅沢でもない
  • でも「何も食べない」よりは一歩前

これって
「人間でいるための最低限」ちゃうけ?

菓子パン、おにぎり、残りもんで作る簡単な料理、スーパーのコロッケとか惣菜…

腹を満たすほどじゃない
でも、完全に諦めてもいない

この中間地点。

ヒマタロウ
ヒマタロウ

ひとによったら300円ドリアが限界って人もおるかもな
そこら辺の線引きは人それぞれやな


結論

150円注文は
サイゼリヤの限界を試しているんじゃない。
その日その人の“限界”が150円なんや。

そしてそれを
追い出さず、黙って受け入れてるから、
サイゼはサイゼでいられるんちゃうかと。

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