はじめに
金持ちを見て、
「うわ、ええなぁ……」
ってなるもんと、
まったく心が動かんもんがある。
これ、貧乏になってから分かった(ずっと貧乏やけど)。

■ 車とか家とか女とか
正直、どうでもええ。
高級車?
好きな人は好きなんやろな、で終わり。
でかい家?
掃除大変そうやな、で終了。
若い彼女?
体力あるなぁ、で尊敬。
これらは全部、
「個人で勝手にやってくれ」枠や。
比べようがないし、
比べても自分の腹は膨れへん。
そない毎日、現実を突きつけられるモンでもないしな。
■ 究極の金持ち領域:医学
ここはちょっと別枠。
- 不老不死
- がん治療
- 再生医療
これはもう嫉妬というより、
人類の進歩として普通に期待してる。
「金持ちだけ助かる医療」やったら腹立つけど、
最終的に庶民にも降りてくるなら、
まあ頑張ってくれ、という感じ。
ここには
感情より合理性が勝つ。
ただや、
金持ちでも無茶すれば病気になるし、
老いは誰にでも等しくやって来る。
ワイが唯一「世の中は平等や」と感じてた部分。
それが金があれば病気を避け、老いを遅らせられる。
みたいな極端なことになったら話は別や
■ 食だけは違う(ここ重要)
食べもん。
これだけはアカン。
なぜか分からんけど、
ここだけ心がざわつく。
SNSで流れてくる
高そうな焼肉
見たことない寿司
量より質を誇る料理
これを見ると、
胸の奥がキュッとなる。

■ なぜ食だけ嫉妬するのか
理由は単純。
食は
- 毎日
- 全員
- 同じ頻度(ほぼ)
でやってくる。
車は買わんでも生きられる。
家は最悪狭くても死なん。
女は…まあ置いとこ。
でも
食わな死ぬ。
ここだけは
金持ちも貧乏人も
同じ土俵に立たされる。
せやから
「差」が一番露骨に見える。

年取るごとに思うわ。
「自分との差」を感じる機会が増えるからやろな。
■ 貧乏人の脳内変換
金持ちが
「この肉、熟成が〜」
とか言うてるとき、
貧乏人は
「それ何日分の牛丼や?」
に自動変換される。
味やない。
思想でもない。
日数や。

ワイの生命を1か月支えとる食費は、
金持ちにとっては気分ひとつで一瞬に消える金額、
って、痛感させられるんやな。
■ 車・家は見学、食は実害
これが一番しっくりくる。
高級車は
見て終わり。
豪邸は
テレビで終わり。
でも食は
自分の今日のメシと直接比較される。
250円の牛丼を食いながら、
「同じ“夕飯”というカテゴリで こんなに差があるんか…」
「毎日見る景色にこないな差があるんか…」
と思わされる。
これはもう
嫉妬というより
人生仕様バグの確認作業や。

「金持ちはやる事やってるんや!アンタとちごうてな!」
って言われそうやから、こういうこと貧乏人は口にはせんとおもう。
辛い現実やで。
■ 結論
貧乏人は
金持ちの人生には嫉妬せん。
嫉妬するのは
同じ時間に、同じ行為をしてる瞬間だけ。
つまり
「今、何食ってるか」。
これだけや。
■ 今日の教訓
金持ちよ、
車も家も女も好きにせえ。
でもな、
メシの写真は静かに上げてくれ。
こっちは
もやし一袋分の脳みそで
今日をやり過ごしてるんや。
——以上。







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