はじめに
芸能人でもYouTuberでも、
突然の重病や事故に遭う人がおる。
そのたびに、よう聞く言葉がある。
「あんな素晴らしい人が、こんな目に遭うなんておかしい」
「世の中どうかしてる…」
「なんでこんなイイ人が…ほかにおるやろ…」
この気持ち、よう分かる。
この感情自体を否定する気はない。 誰かの不幸を見て胸が痛むのは、まともな人間の反応や。
せやけど、や。
この言葉の奥には、ちょっと危ない願望も混じってる気がするんや。

もし「公平な世界」やったら、どうなるんやろ?
仮にやで。
- 良い人 → 常に報われる、不幸には見舞われない
- それ以外の人(悪い人+どっちつかずの人) → 罰として不幸になる
この世界がそうできてたら、話は楽や。
努力も我慢も、全部意味を持つ。
でも現実は違う。
そんな世界が「公平」なんやとしたら、
それってほんまにええ世界なんやろか?
一見するとスカッとする。
悪いことした奴が報いを受ける世界。
けど、よう考えたら、かなり危うい発想や。
「イイ人」は、生まれつき作られてる部分も大きい
よくある話やけど、
- 愛情ある家庭
- 経済的な余裕
- 才能や健康
- 相談できる人間関係
こういうもんに恵まれて育った人は、
自然と他人に優しくできる余裕を持ちやすい。
つまり、
「イイ人でいられる環境」が先にある場合が多い。
もちろん、
どん底から這い上がって優しくなった人もおる。
けど現実としては、
スタート地点が全然ちゃう人間が山ほどおる。

「イイ人になれなかった人」もおる
- 愛情をもらえへんかった
- 最悪の家庭環境やった
- 病気や障害もってるけど、支援が少ない、偏見もたれてる
- 失敗しても誰も助けてくれへんかった
- 努力が報われた経験がない
こういう環境で育ったら、人を信じられんくなるのも、
社会に背を向けるのも、無理ない話やと思う。
それを
「努力せえへんからや」
「性格が悪いからや」
「自己責任や」
で片づけて、
さらに不幸を「罰」として与える世界。
ここまで行くと、 もはや救済ゼロの世界や。

それって、
強いもんが永遠に勝ち続ける世界になるだけちゃうか。
不条理やからこそ、かろうじて保たれてるバランス
この世の中は、不公平や。
努力しても報われへんこともあるし、
善人が突然倒れることもある。
せやけどな、
「人としてダメやから不幸になる」
そんなルールが公式に存在する世界より、
「理由は分からんけど、誰にでも不幸は起こりうる」
この不条理な世界のほうが、
まだマシなんちゃうかとワイは思うとる。
なぜなら、
弱い人が『存在してええ』理由が残るからや。
因果応報が完璧に機能する世界は、
一見スッキリしてそうで、 実際は地獄の管理社会になる。
弱った理由を全部精査され、 「不幸になる資格」すら審査される。
そんな世界で、 ポンコツや失敗者が生き残れる余地はない。

「真の平等」って、救われなさの平等かもしれん
耳障りのええ言葉として、
- チャンスは平等
- 努力は報われる
- 良いことしたら神様がみとる
それが現実にあるかどうか、今の時代の人間やったらみな知っとることやと思う。
せやからこそ、
- 善人も病気になる
- 悪人も生き延びる
このごちゃ混ぜの世界は、
完全に理不尽やけど、完全な地獄ではない。
誰かが「失格」扱いされへん。
それが、
この社会がギリギリ壊れずに済んでる理由ちゃうやろか。

もし「善悪で不幸を配分する仕組み」やったら…
もし世界が
「善悪で不幸を配分する仕組み」やったら、
誰がその善悪を決めるのか?
これで一気に視点が変わる。
- 国?
- 世論?
- SNS?
- 多数派?

どれも怖すぎるわ。
現実的には、
善悪で幸不幸を考える人は多い。
- 貧乏なのは努力不足。不幸は努力不足の報い。
- 病気は生き方の問題
- 被害者にも落ち度があった
こういう言葉が、 平気で飛び交う社会になりつつある。

因果応報を信じたくなる気持ちと、それが一番危険になる瞬間
「怠け続けたあげく、闇バイトに手を出し、強盗したの末に、 善良すぎる人間を殺した。 これが公平なんか?」
こう聞かれたら、多くの人はこう思うやろ。
そんなわけない。理不尽すぎる。
それはその通り。
善良な人が命を奪われるなんて、 公平でも正当でもない。
「世界の不公平さ」と「罪の責任」は全く別の話
まず、はっきりさせときたい。
罪は罪として、 きちんと裁かれなあかん。
ただ同時に、
- そうなる確率が高い環境
- 逃げ場のない状況
が存在してた可能性を、 完全に無かったことにはできへん。
これは同情でも免罪でもない。
背景を考えることと、 責任を問うことは別。
善良な人が殺される世界は、 確かに理不尽の極み。
せやからこそ、 人間が作ったルール、つまり法律で、 全力で罰するしかない。
最後に(大事なこと)
くれぐれもゆうとくけど、
これは
「ワイが不幸やから、イイ人の不幸を願ってる」
とか、そういう話ちゃう。
イイ人が苦しむのは、普通に胸が痛む。
ただ、
「イイ人だけが守られる世界」
を本気で望んだ瞬間、
「守られへん側は、消えてもええ」
という思想が生まれる。
それが一番怖い。
この不条理な世界は、 納得いかんし、綺麗でもない。
せやけど、 弱いまま、生き残る余地だけは残ってる。
自分は、 その余地が消えるほうが、 よっぽど恐ろしいと思ってる。









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