――「何者か」になれる時代の終わりと、その後の生き方

YouTube、SNS、配信サービス。
これらが普及したとき、多くの人がこう思ったはずや。
「芸能人やアーティストみたいな、選ばれた人間やなくても、
ネットなら“何者か”になれる時代が来たんちゃうか?」
実際、来た。
そして、ワイらは見事に食いついた。
ネットは優しい世界やった。
少なくとも、そう“思わせる顔”はしてた。
「誰でも発信できる!」
「個性を活かせ!」
「好きなことで生きていこう!」
この三点セット、
今思えば地雷原に置かれたチーズや。
群がったネズミは数知れず。
もちろんワイもその一匹や。
とりわけ、
「好きなことで生きる!」
ひときわ甘美なキャッチコピーやで。
そら群がるわ(ワイもや!)
目立つためにアホなことする人間も出た(ワイや!)。
Tバックで料理したり、授乳シーン見せるエロ女も出た(ワイ見てた!)。
ワンチャン狙いで低品質コンテンツを垂れ流し続ける者も続々(ワイや!)。
法律踏み越えるやつまで出た(さすがにワイはそこまではしてへん)
──でもな。
この宴、もう終わっとる。

中途半端なやる気で、中途半端な幻想もっとったもんほど
祭りが終わった今の現実に苦しんどる…
ワイや!

YouTubeが出した「終了のお知らせ」
YouTubeは正直や。
最近の収益条件見たら、もう隠す気すらない。
- ショート動画:過去90日で1000万再生
これ、要するにこういうことや。
「もうクリエイターは足りてます。
水準以下の人は、静かにフェードアウトしてください」
才能、魅力、資本、継続力。
このどれか、いや、複数持ってへんと無理な世界になった。
昔みたいに
「小汚いオッサンが喚いてたら数字出る」
そんな黎明期な時代は、とっくに終わっとる。

小汚いオッサン日本代表のワイやけど、
ほんま厳しいわ。
新しいプラットフォーム?
──そんなもんが出てきても、どうせ席はすぐ埋まる
どのプラットフォームでも同じや。
- 最初に実力者・プロ・金持ち・時間ある人がなだれ込む
- そこそこ品質の作品つくれるクリエイターがこの20年で十分に育ちまくった
- 新しいプラットフォームができようが、席は一瞬で埋まる
- 残りカスを巡ってワイらが争う。努力が及ばん世界になっとる
結局、youtubeの現状の構造となんも変わらん。

垢ぬけてないヘンテコな配信で数字稼げる時代は過ぎたゆうことやな。
ヘンテコに見せかけて数字稼げてる配信者はおるけど、ほんま見せ方が賢いもん。
今時のプラットフォームは「情」なんか持ってへん
YouTube、SNS、配信サイト。
こいつら、冷酷やで。
- 視聴されん → 表示せん
- 稼げん → 切る
- 成果出せん → 存在しない扱い
人格?想い?歴史?
アルゴリズム的に無価値ならゴミ箱直行や。
「夢を応援します」
なんて顔してるけど、
裏では死体の山築いとる。
承認欲求ゾンビあるある(夢の果てで立ち尽くすゾンビな人ら)
- 更新止まってるのにアカウントは消せない
- 昔は「youtubeやってます!」って自身満々にいってたけど、今は「ソーシャルクリエイターです」とか曖昧な自己紹介をしがち
- 「制作頑張ってる感」はあるけど、数字がついてきてないから、どっかのタイミングで更新がプッツリ途絶えとる。
- 投稿はあるけど、魂が抜けてる。なじみファンのために生存確認的に活動しとるだけ
- 毎日数字を確認してるのに「数字は気にしてない」と言う
- バズった「過去動画」を定期的に貼り直しとる
- 伸びてないのに「界隈」だけは語れる
- 批判コメントより、無反応の方が精神的にキツい
- コメントが来ると、内容より「反応された」事実に興奮
- 誰かに刺さる前提で書いてるつもりやのに、誰にも届かない
- 自分より下を探して安心している
- 発信をやめたら自分が消える気がしてやめられない
- 伸びない理由を「アルゴリズム」「時代」のせいにする
- 「本気出せばいける」と何年も言い続けてる
- 無名なのにアンチ対応の想定だけは完璧
- 無料で発信してるのに「評価されない」と怒っている
- いいねが少ない投稿を後から消す
- フォロワー減るのが怖くて本音を書けない
- 承認されたいのに、承認される努力がもうしんどい
──まさに承認欲求ゾンビや。
「ワイ、ゾンビですけど…
腐った身体、まだ見てくれます?」
死んでも死に切れん。
やめる勇気も、続ける希望もない。
承認欲求なしでは正気を保てへん身体になっとるんや。
呻き声だけが、ネットに漂っとる(ワイもや!)

承認欲求ゾンビあるある(笑える版)
- 再生数3桁で「今日は伸びたな…」ってつぶやく。その夜は笑顔で晩酌。
- フォロワー減った理由を天気のせいにする
- バズった過去を「黒歴史」って言いながら一生保存してる
- 伸びてる人を見て「でもアイツ○○やからな」と謎の減点
- 有名人に1いいね貰っただけで一週間元気
- 「今回は実験です」が年中行事
- コメント来た瞬間スクショ撮る
- 炎上ニュース見ると「ワイならこう対応する」と脳内会議
- 誰も聞いてへんのに「裏話」用意してる
- 「この投稿、刺さる人には刺さる」が誰にも刺さらない
- 低評価1個で人格否定された気分
- 見られてないのに、常にカメラ目線
- いいね0でも自分で押すか迷う
- 低評価多かったら「アンチついた=成長」と解釈
- 「緊急で動画回してます」等、どや顔で他人の台詞をパクるが、誰も反応してくれない。
- 「重要な告知があります」といっても、てことして数字があがらない
- ゾンビやのに「まだ生きてる側」と思ってる

「努力すれば報われる」は、都合のええ嘘や
よく言われる。
「成功してる人は、みんな努力してる」
そらしてるやろ。
でもな、努力した人=成功者ではない。
現実はこうや。
- 努力した大多数 → 無反応 → 努力終了
- 才能×運×資本が噛み合った少数 → 成功
努力は参加資格であって、
当選券ちゃう。
ここを勘違いしたまま走り続けた人間が、
今、ネットの墓場に転がっとる。

一番残酷なのは「やめ時が分からん」こと
失敗よりキツいのはこれや。
- まだ可能性ある気がする
- ここまでやったのに引けない
- やめたら“負け”な気がする
結果、
- 更新は止まる
- でもアカウントは消せない
- プロフィールだけが虚しく残る
完全に未練ゾンビや。

「稼がなくていい」と腹をくくる
ここで言う「稼がなくていい」は、
怠ける宣言でも現実逃避でもない。
「数字を稼ぐためだけに発信するのを、やめる」
ただそれだけの話や。
これまでの配信・発信は、だいたいこうやった。
- 再生数を意識する
- アルゴリズムを気にする
- バズりやすい話題に寄せる
- 炎上ギリギリを狙う
- とにかく“伸び”を最優先する
これ、完全に消耗戦や。
才能・時間・資本が潤沢な連中との殴り合いやから、
長期戦になればなるほど不利になる。
配信スタイルを変える、という発想
「稼がなくていい」と決めた瞬間、
配信の意味がガラッと変わる。
① 数字を目的にしない発信
- 再生数=評価、をやめる
- 伸びなくても「失敗」ではない
- 見る人が少ない=無意味、ではない
発信は結果やなくて、
過程を残すログになる。
② メディアを“無料参加できる練習場・発信場”として使う
今は発信媒体が腐るほどある。
- ブログ
- note
- YouTube
- X(旧Twitter)
- Discord
- 個人サイト
ここを
「有名人になる舞台」やなく、
自分を鍛える道場として使う。
- 文章力
- 思考整理力
- 言語化力
- 説明力
- 継続力
- 観察力
これ全部、
将来どこに行っても腐らんスキルや。
③ 制作コストは“投資”と割り切る
動画編集、機材、時間。
これらはもう「回収すべき経費」やない。
- 自分の理解を深めるため
- 技術を試すため
- 思考を言語化するため
そのための自己投資や。
数字で回収できんでもええ。
能力として身体に残れば勝ちや。
「数字稼いで有名になって金稼ぐ」だけが目的やなくなる
ここが一番デカい変化や。
- 稼ぐ → 結果
- 有名 → 副作用
- フォロワー → 付録
目的はあくまで、
「未来の自分が、生き残りやすくなる状態を作ること」
や。
AIが進化しても、
景気が悪化しても、
プラットフォームが死んでも、
- 考えられる
- 作れる
- 説明できる
この三つがあれば、
完全に詰むことはない。
有名にならなくていい、承認されなくていい
これ、敗北宣言ちゃう。
むしろ
「勝てない土俵から、静かに降りる判断」や。
スポーツでも、戦争でも、人生でも、
一番賢いのは撤退のタイミングを見誤らんことやからな。
稼がなくていい。
有名にならなくていい。
承認されなくていい。
その代わり、
- 腐らん力を残す
- 思考を積み上げる
- 自分のログを残す
これに配信を使う。
それが、
承認欲求ゾンビから人間に戻る唯一のルートや。
ワイなりの結論:それでも未来は真っ暗やない
ここで絶望論だけ言う気はない。
希望も一応ある。
- 稼げなくても
- バズらなくても
- 誰にも評価されなくても
タダで発信できる場所がある時代ではある。
これは事実や。
「稼げへん=無価値」
これに飲み込まれたら負けや。
人生は市場価値だけで決まらん。
承認欲求が満たされへん人生=失敗、でもない。

オチ:ゾンビはゾンビなりに生きたらええ
承認欲求ゾンビになったからって、終わりちゃう。
ゾンビはゾンビなりに、
- 無料で
- 好き勝手に
- 誰に頼まれたわけでもなく
- 誰に評価されんでも
呻いとったらええ。
どうせこの世界、
生きてる人間のほとんどが、誰にも見られず死んでいく。
それなら、
「腐った身体でも、声だけは出しとこか」
くらいの気楽さでええんちゃうか。
何者にもなれへんかったワイらでも、
何も言わずに消える義務は、どこにもないんやから。









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