AI、科学技術、効率化。
人類はここ100年で、とんでもなく便利になった。
普通に考えたらや。
便利になる
→ 時間が浮く
→ 自由が増える
…はずやった。

こんな優雅な感じや。
せやのにや!
現実はどうや?
アメリカも日本も、
ワイも!
なんでこんなに息苦しそうな人間だらけなんや。
これ、努力不足なんか?
能力が足りへんからか?
ワイは、そうは思わん。

ワイは努力してへんのか?
まず先に言うとく。
ワイは聖人でも優秀でもない。
ポンコツや。
けどな、
- 何年もブログ書いた
- 動画も出した
- プログラミングも触った
- バイトもして税金も払った
- 法も破ってへん
胸張れるほど立派やないけど、
完全に何もしてへんわけやない。

それでもや。
社会から返ってくる空気はこうや。
「結果出てへんやろ?」
「自己責任やろ?」
「努力が足りんのちゃう?」
この感覚、
ワイ一人の話ちゃうと思う。
「便利=自由」は、途中までは本当やった
洗濯機、冷蔵庫、車、パソコン。
昔はほんまに「時間を取り戻す道具」やった。
家事は楽になり、移動は早くなり、仕事は効率化された。
ここまでは確実に、人は自由に近づいてた。
けどな。
ある地点から変わった。

便利になった瞬間、社会は基準を引き上げた
便利になると、社会はこう言い出す。
- 早くできるんやろ?
- もっとできるやろ?
- 空いた時間、何しとん?
結果どうなったか。
- 昔:8時間働けば十分
- 今:8時間+即レス+自己研鑽+成果ださんかい!
浮いた時間は、
全部「期待値」と「ノルマ」に回収された。
自由になる前に、
社会が先に取り立てに来たわけや。

AIは「人を楽にする道具」やなくなった
AIの本来の役割は、
人間の負担を減らすことのはずやった。
せやけど現実は違う。
AIは今、
成果を出すスピードを競わせる装置になっとる。
- 使いこなせる人は爆速で突き抜ける
- 追いつけん人は「努力不足」扱い
ここではもう、
努力の量やない。
適性・初期条件・運の差が
むき出しで結果に出る。
不自由が増えた本当の理由
理由はシンプルやけど、えぐい。
① 失敗できへん社会になった
一回の失敗が、データとして残る。
履歴として刻まれる。
やり直しが効きにくいから、
人は動かんようになる。
② 競争が世界規模になった
比較対象が近所の人やなく、
あらゆる分野で「上位に位置する人ら」になった。
そら自己肯定感、削れるわ。
③ 選択肢が多すぎる
選べる=自由、やない。
選べる=
責任を全部自分で引き受けることや。
失敗したら
「選んだお前が悪い。ハイ自己責任」で終わり。

「優れた人間だけが自由」感は、気のせいやない
これは正直、事実に近い。
- 才能
- 健康
- 家庭環境
- 初期資本
- 運
これらが、昔よりずっと結果に直結する社会になった。
昔はある程度、努力や活動量で補えたところがあった。
もちろん努力が無意味になったわけやない。
努力が通用する範囲が極端に狭くなってきとる、ゆうこっちゃ
未来は、ほんまに静かになってきてる
子どもの頃、
未来のイメージって静かやった(ほとんどドラえもんの記憶やけど…)。
空飛ぶ車とかより、
無音の街。
現実はどうや?
- 工場は無人に向かってる
- 店もセルフに向かってる
- 人同士の会話は減る一方(「ご近所さん」「お隣さん」なんて言葉も死後になるかも)
- 人は黙ってスマホ見るだけ
こういう方向に只管むかっとる。
音を立てる余裕すらない静けさ。
えっ!?これが未来なんか?って思う。
ワイの頭の中は
一生うるさい。
- 比較
- 焦り
- 将来不安
- 自己責任

じゃあ、どう生きたらええんや?
正直、社会全体はすぐ変わらん。
せやからワイ個人レベルでは、
こう考えるほかない思うとる
- 競争せん土俵を選ぶ
- 評価されへん時間を持つ
- 生産性と関係ない行為を守る
- あえて遅く生きる
これは敗北宣言やない。
消耗戦からの撤退命令や。

最後に
今の不自由は、
- 努力不足のせいちゃう
- 個人が弱いからでもない
効率が人間より優先された社会の副作用や。
せやから、
苦しさ感じてる人間は、
おかしくない。
むしろ
ちゃんと世界を見とる。
未来は静かになる。
でもワイは、
その静けさの中で
せめて自分の音だけは消さんとこうと思う。
ポンコツなりにな。









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